Part I なぜリテールメディアは成長を続け、定着していくのか

リテールメディアは、2023年に 約12.8兆円(128B USD) に達し、
検索広告やSNSよりも速く成長していると言われています。
2025年には 16〜18兆円 規模に届くという予測もあり、
アメリカは前年比26%、ヨーロッパ28%、APACでは30%以上の成長が見込まれています。

こうした数字を見ると、
リテールメディアは「一時的なブーム」というより、
商流と広告の関係が書き換わりつつある構造変化だと強く感じています。


1.1 世界的なリテールメディアの変革

もともとの発想はとてもシンプルでした。

「お客様が商品を選んでいる、まさにその場所で
コミュニケーションをしたほうが良いのでは?」

この考え方自体は昔からありましたが、
ここ3〜5年で状況が一気に変わりました。

なぜ急激に広がったのか。
背景には 3つの世界的な変化 が重なったことがあります。


1) プライバシー規制とIDの終焉

直近5年間で、

  • ATTなどの影響で50%以上のモバイルIDが取得困難に

  • Chrome でのサードパーティ Cookie のオプション制移行(世界規模で大きな影響が及ぶ変更)

  • 世界の70〜80%のユーザーが“追跡しづらい環境”へ

つまり、従来のデジタル広告ターゲティングが
年々“効きにくく”なっています。

その一方で小売企業は、

  • 実際に購入されたデータ

  • 実店舗×個人に紐づいた行動

  • 毎日更新される需要の変化

といった、最も耐久性の高いファーストパーティデータを持っています。

オンラインプラットフォームが失いつつある領域で、
小売が相対的に強くなっているとも言えます。


2) 店舗のデジタル化(ハイブリッド化)が一気に進んだ

10年前は「店舗=オフライン」でしたが、
今では状況が大きく変わりました。

  • デジタルサイネージ

  • 数百万MAUの会員アプリ

  • リアルタイムPOS

  • センサーやAIカメラ

  • モバイル決済

  • 在庫API(5〜30分で更新)

McKinseyの調査では、
日米英の小売の 60%以上が店内でリテールメディアを運用できる環境になりつつあると言われています。

つまり店舗はもう「測れない場所」ではなく、
実売と紐づけて広告効果を判断できる場所へと変わっています。


3) ブランドが“ROIの出るチャネル”へ予算を再配分し始めた

世界のCMOは、これまで以上に成果を求められています。

  • デジタル広告費の**最大40%は“売上に効いていない”**と言われ

  • インクリメンタルリフトを正確に測れるのはたった15〜20%

この中で、
SKU単位・店舗単位で「売れたかどうか」を答えられる
リテールメディアは、極めて貴重なチャネルになりつつあると感じています。


こうした力が重なった結果、リテールメディアは “新しいデフォルト” へ向かっている

店は配信面。
データはオペレーティングシステム。
広告は「実売」を動かす仕組みへ。

この変化は日本だけでも、アメリカだけでもありません。
世界同時に進んでいる構造変化です。


1.2 店頭は世界で最も“意図の強い”メディア

マーケティングの本質は、
「意思決定の直前に影響を与える」ことです。

オンラインはこの瞬間を予測しようとしますが、
店舗はその瞬間そのものを持っています。

たとえば、商品棚の前では、

  • 商品まで30cm

  • 3〜7秒で意思決定

  • 店頭での意思決定は60〜70%

  • FMCGの82%は“店頭で影響を受ける”

  • オンラインより10〜50倍のコンバージョン

これは“注意”ではなく、
商売としての「意図」そのものです。

だからこそ、世界の大手ブランドは
広告予算の 10〜20% をリテールメディアへ移し始め、
一部のCPGは 25〜30% を検討しています。


1.3 なぜGoogleやMetaでは勝てないのか

よく聞かれる質問があります。

「なぜGoogleやMetaがこの市場を取らないのか?」

答えはシンプルで、
店頭の構造がデジタルとは根本的に違うからです。


理由1:物理店舗の運用を持たない

リテールメディアは、

  • ハード設置

  • 全国の施工・保守

  • プラングラムとの整合

  • 店舗オペレーション

  • デバイスのばらつき

といった領域が必須です。
シリコンバレー企業はこの領域に強くありません。


理由2:SKUレベルの文脈を持たない

オンライン → Webページ
リテール → 棚 × SKU × 店舗 × 在庫 × 時間

必要になるのは

  • POS

  • 在庫API

  • 棚データ

  • 店舗ごとの季節性

  • ローカルの代替行動パターン

これらを持つのは小売だけです。


理由3:露出 → 行動 → 購買 をつなげない

Googleはクリック。
Metaはビュー。
小売は購買。

この違いは埋まりません。


理由4:小売は自社データを外部プラットフォームに渡さない

BCG調査では、

  • 75%の小売は「データの主権」が最重要理由

  • 90%近くが外部広告企業へのPOS共有を望まない

この構造だけでも、
「大手プラットフォームが勝てない理由」は明確です。


1.4 日本発でありながら、グローバル前提の設計にしている理由

文化は違っても、
小売の構造は世界共通だと考えています。

  • 店舗

  • カテゴリ

  • SKU

  • 在庫

  • 取引(POS)

  • インプレッション機会

これらは国が変わっても同じです。

また日本の小売は世界的に見ても難易度が高く、

  • 高密度

  • 小型店舗の高速オペレーション

  • SKU回転が速い

  • 品揃えが多い

  • お客様の要求レベルが高い

日本で安定稼働するなら、
どの国でも通用するという感覚があります。

 

次の Part II では、
「なぜPOSデータがリテールメディアの核心なのか」
「どのデータが本当に売上を動かすのか」
を、もう少し丁寧に掘り下げていきたいと思います。

よろしければ、続けてお読みください。

→ Part II:なぜPOSデータがすべてを変えるのか

 

2025-12-12

下田 昌平

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