PART III — テクノロジーが決定的に重要になる理由

リテールメディアはたしかに盛り上がっていますが、
本質的な議論があまりされない領域があります。
それが 「技術レイヤー」 です。

このレイヤーは、ネットワークが
10店舗で成立するのか、10,000店舗まで拡張できるのか
を左右します。

多くの広告システムは、ウェブ環境を前提に作られています。

  • レイテンシは数ミリ秒

  • イベントは順序通りに到着

  • デバイスは常にオンライン

  • ネットワーク障害率 <0.1%

しかし、実店舗はまったく別世界です。

現場では、

  • 混雑時の Wi-Fi ドロップ率は 12〜18%

  • 常時接続を前提にしたデバイスの 20〜40% が非同期化

  • SKU の在庫状態は 1日6〜20回 変動

  • 来店数は時間帯によって 30〜200% 変化

  • 天候によって需要が 30% 以上 変動するカテゴリも存在

この“揺らぎ”に耐えられないシステムは、すぐ破綻します。

ReceiptRoller は、この極めて複雑で予測不可能な環境を前提に設計してきました。

以下、その技術的な裏側をご紹介します。


3.1 分散・不安定・高変動環境を前提にした設計

1000店舗あれば、ネットワーク品質も1000通り、
障害パターンも1000通りあります。

実店舗は、データセンターのように“安定した環境”ではありません。
私たちは複数のパイロットで実際に測定し、次のような事実を確認しています。

  • 最大27% のデバイスが日常的に接続断を経験

  • レイテンシが 40ms → 900ms に突発的に跳ね上がる

  • 電源リセットは月あたり 3〜10回/店舗

  • 帯域が 5Mbps以下 の店舗も存在(POS・CCTVと共用)

一方で、広告主は 99.9%以上の稼働 を求めます。
このギャップを埋めるには、別次元のアーキテクチャが必要です。

ReceiptRoller は以下を標準搭載しています。

  • ローカルフェイルオーバー(オフラインでも画面は正常動作)

  • イベントチュアルコンシステンシー(非同期で整合性を回復)

  • リアルタイム差分更新(帯域を最大92%削減)

  • オフライン意思決定(接続断でも広告が止まらない)

  • 自動DAG再構築(再接続時に依存関係を自動修復)

エンジニアからよく聞かれます。

「店舗が40分完全にオフラインになったらどうなりますか?」

私たちの答えはいつも同じです。

止まりません。動き続けます。再接続すれば自己修復します。

これが、実験用システムと“本番対応プラットフォーム”の違いです。


3.2 静的プレイリストではなく、リアルタイムコンテキスト

店舗は1時間で20回以上状況が変わることも珍しくありません。
「朝に決めたプレイリストを夜まで流す」という前提自体が現実に合っていません。

観測データでは、

  • SKU欠品は 毎日7〜14% の棚で発生

  • 天候でカテゴリ需要が 20〜50% 変動

  • ラッシュ時間帯は予測より ±15〜25分 ずれる

  • 季節SKUは 90分で4倍 に跳ね上がるケースあり

  • ローカルイベントで売上が 10〜40% 変動

ReceiptRoller は次のシグナルを継続的に取り込みます。

  • POS更新(2〜5秒間隔

  • 在庫変動(1〜10分ごと

  • 人流データ(15〜30秒サンプル

  • 天候(5〜10分更新

  • 需要カーブ(60秒ごと再計算

一般的なシステムが「1日1回」計算するところを、
ReceiptRoller は 1〜3秒で再計算 します。

これにより、
“広告を表示する画面” が “商流に反応する画面” に変わります。

  • 広告主 → パフォーマンス向上を体感

  • 生活者 → 関連性の高い情報だけが届く

  • 小売 → 無駄な表示が減り、利益改善につながる


3.3 クリックではなく“購買”から学習するモデル

購買とクリックは全く異なる挙動を持ちます。

例として:

  • CTR 0.5% でも売上が 3〜5% 伸びるカテゴリがある

  • 注目度の高い商品でも購買確率が低いケースは多い

  • クロスカテゴリ効果(例:サンドイッチ→飲料)は 10〜25%

  • 価格弾力性で反応が 2〜4倍 異なる

  • 時間帯でリピート間隔が 30〜60% 変動

クリック前提のDSPでは最適化できない理由がここにあります。

ReceiptRoller のモデルは、

  • 数百万件のPOS

  • SKUごとの反応カーブ

  • カテゴリ代替行動

  • 店舗固有の時系列パターン

  • 増分売上

  • リピート頻度

  • 地域ごとの価格弾力性

といった「実際の購買行動」から学習します。

クリックモデル → “意図”を推測
コマースモデル → “結果”を観測

構造から違うので、結果にも圧倒的な差が生まれます。


3.4 小売基盤に必要なエンタープライズアーキテクチャ

小売の購買データは、金融データと同じレベルの管理が求められます。

そのため、ReceiptRoller は次を満たす設計にしています。

  • テナント分離精度 99.999% のデータ隔離

  • 地域最適化ルーティング(レイテンシを 30〜60% 低減)

  • スキーマ契約による 95%以上のインジェスト事故防止

  • 30日以上遡れるイベントログ

  • 小売ごとに完全独立したモデル(共有なし)

「他の小売のモデルが影響する可能性はありますか?」
と聞かれますが、

理論的にも、物理的にもありません。

これが、小売が本気で求めるアーキテクチャです。


3.5 グローバル展開を“作り直さずに”実現できる理由

国が変わると数字は変わりますが、構造は同じです。

  • SKU数:1,500(CVS)〜40,000+(大型店)

  • 棚変更:1日50〜400件

  • 価格改定:週100〜800件

  • プロモ周期:2〜6週間

  • POS処理:ピーク時 30件/分

しかし、小売の共通構造は世界どこでも同じです。

  • 店舗

  • 商品

  • 在庫

  • 取引

  • インプレッション機会

ReceiptRoller はこの「小売プリミティブ」を前提に設計されているため、
国が変わっても 再構築不要で拡張可能 です。

その結果:

  • 北海道の20店舗チェーン

  • カリフォルニアの1,200店舗チェーン

  • 東南アジアの多国籍チェーン

を同じプラットフォームで運用できます。


なぜ広告にとって“技術”がここまで重要なのか

技術が強くなるほど、

  • 関連性が高まる

  • 無駄な表示が減る

  • 売上 uplift が大きくなる

  • 分析が正確になる

  • 小売の利益率が改善する

つまり、
技術は裏側の仕組みではなく、“広告効果そのもの” を左右するエンジン
だと考えています。

2025-12-12

下田 昌平

入力したら出力するようにしています。